イエスをボコボコにする

ちょっとしたことでめちゃめちゃ怒りが湧いてきた。
ちょっとした言葉遣いの問題、みたいなちっちゃいところで。
でも本当に殺しまくりたい、刺しまくりたいみたいなひどい怒りがどうしようもなく湧き上がってくる。

ジョーブログに教えてもらった「ベタな欲望をかかえもってるゆえに、いろんな不必要な感情がわいてくる」ということを思い出すと、ああ、怒りを正当化するベタな欲望を大事に抱え持っていたな、と気がついて、ふっと、ちょっと楽になる。
でも今回の怒りはなかなか抜けなくて、ふつふつと激しい怒りが燃え続けている。

もうどうしようもない感じになったとき、そこでなぜかイエスの存在を感じて、
「イエス、もうこれ無理だわ、ちょっとぶちのめさせて。あなたは痛みを感じないんでしょう?」
と、イメージのなかでイエスにボコボコになっていただいた。
思う存分、自分のなかの怒りをイエスにぶつけていくけど、
痛みを感じないイエスはどんなにボコボコにされても笑って受け入れてくれてるような。
そのうちそのほとばしる怒りは、
痛みや怒りを現実のものとしないイエスのおかげもあってか、その存在感がうすらいでいった。
まだ完全にすべての怒りのタネが自分のなかからなくなったわけではないけど、
こうして怒りがほとばしっても問題ない、大丈夫だと受け入れてくれるイエスがいるのだとしたら心強い。