迎え入れなさい。
この世界がある、と信じている程度に信じていることがあって、
それは日本で今も放射能汚染が広がり続けていて、
その影響があらゆる場所、とくに首都圏では確実に目に見えるかたちであらわれて始めているということ。
福島の事故以降、なぜかわからないけどその影響を封鎖する方向ではなく、食事や瓦礫や汚染土の再利用などを通して、日本中に拡散するような方策がずっととられていること。
今現在も原子力緊急事態宣言は解除されておらず、海や大気に向けて絶賛放散中なのにも関わらず、マスコミも誰もそのことに触れず何もなかったように暮らしていること。
内閣支持率に代表されるように(大手マスコミとその他メディアで結果があまりにも違う)、情報がコントロールされていること。
そのいっぽうで、
30代、40代の人がバタバタ死んだり、
電車で過去にはなかったような大量の毎日の急病人救護、
過去にはなかったような白血病や心筋梗塞、熱中症、けいれんして泡を吹いて倒れる症状などの増加、
芸能人や有名人、スポーツ選手の相次ぐ体調不良や訃報など。
自分の直接の知り合いの話などもふくめ、
あげればきりがないくらいの「その影響」についての証拠がある。
そして自分自身も以前には感じなかったような気分のわるさ・しんどさがやってくることがたまにあって、いよいよかなと思ったりもすることがある。
この世界や自分の肉体がある、という同じレベルで、これらのことが本当だと信じている。
最近気づいたのは、このような情報に触れているとき、ちょくちょく自分の体調不良も感じられてくるということだ。
連動している感じ。
それで、「あ、これはヤバイ」と気づいて、それらの情報から離れると、マシになったりする。
今日台湾に来る前の成田で、同じような現象が起こってかなり気持ち悪くなって、「これはヤバイやつかも・・」という風になりかけた。
情報から離れ、目を閉じる。
すると今さっきまで触れていた「わたし」の知ってる世界は、
こういう「死」と「攻撃」しかないんだ・・というのが感じられてきた。
「わたし」のなかに「死」と「攻撃」しかない、そのあらわれとしてこういう世界を見てるんだなと。
こういう世界にしか行き着かない。
「わたしが知ってる世界」は。
攻撃と死しかない「わたしの」世界。それがこんなふうに放射能汚染されたディストピア的世界としてあらわれたとしてもなんの不思議もない。
そして同時に、自分が去年、真我なるハートに参加しようかというときに何度もみていたのりこさんのyoutube、5時間半嘔吐下痢の話を思い出していた。
「迎え入れなさい」という話。
そうなんだな。
迎え入れるしかない。
神、聖霊を除外して、こういう世界を見ている自分をあきらめて、
神、聖霊と和解して、自分が迎え入れるしかないんだな。
じゃないと出口なしだ。
神、聖霊は、「この現実」とまったくなにひとつ接点のないところから(笑)、まったく違ったものを見せてくれる。
体調かなりヤバくなるかも、、自分が緊急搬送されたらどうしよう・・という若干の不安も感じながら搭乗し、飛行機に乗っているあいだじゅう、ずっと目を閉じて頭をふせながら「迎え入れなさい」という内なる声に耳を傾けていた。
攻撃と死しか見ない「わたしの世界」を脇において、神・聖霊を迎え入れなさい。
この声に耳を傾け続けないと、体調が激ヤバになる感じがしていたので、ずっとそうしていた。
台湾につくころ、体調はよくなっていた。
「わたし」の見ている世界なんて、こんなもんなのかもしれない。