We walk together

ラファエルの We walk together という言葉への抵抗があるのに気づく。
内側を見ていくと、深い分離の欲望と、分離の信念を保持したい欲望があって、その下には神への復讐を叫んでいる部分があって、その下には、自分はたしかに神に捨てられたんだという強い信念、自分は神に捨てられた無価値な被害者・犠牲者なんだという強い信念があるのに気づく。

もし完全な自由、完全な平安を望むなら、これらすべてを信じこんだままでは、前提としたままでは、不可能だ。だから助けが必要だ。

あすかちゃん、れいさん、浅川さん、なみえさん、まさこさん、しょうこさん、
それぞれのブログや文章がいっしょになって気づかせてくれている。たすけてくれている。

  

最も深いところで、分離と犠牲、罪を信じてしまっているわたしには助けが必要です。
どうかたすけてください。
たすけを素直に受け入れることができますように。

ジーザスのみちびきは、愛からやってくるメッセージ、よびかけです。
そこに耳を傾け、そこに自分を明け渡していくことができますように。