この世界の核心

youtu.be

 

(簡単な訳)

夢を見ていることに気づくこと。
それがすべて。
それが完全にすべてです。

それ以外にこの世界の核心はありません。
新しい目で見ること
くもりのない、あらゆる判断から自由な目で見ること
はっきり見ること
個人という感覚や人間性をとおさずに
自我のマスクをとおさずに見ること
これがすべての核心です。

これがなにひとつ問題が存在しない見方であり、
これまでにも問題があったことがない見方であり、
じっと静かで静寂な心の状態です。

その心は世界を見て、すべてのものごとをあるがままの状態でゆるします。
何ひとつ調整する必要を見ません。
コントロールすべきものはありません。
バラバラにしたり分析したりする必要があるものはありません。
正す必要があるものはありません。
この世界に変える必要があるものは何もありません。

これがマインドトレーニングの目的です。
これがあらゆるマインドトレーニングが導いてくれる核心です。
これが完全に判断のない心の状態で、
そこではすべてのものごとが判断なしで等しく受け入れられています。
これが
間違った場所にあるものは何一つないしこれまでもなかったと受け入れること、
完全な受容の核心です。

これがこの心の状態ですべてを見る見方であり、
すべてが例外なく自分の最善の利益だと見る見方です。
なぜならこれこそが核心だからです。

自分の最善の利益の核心とは
平安であり
よろこびであり
幸せであり
愛です。

これが常に核心です。
これが常に核心になります。

 

(以上、簡単な翻訳)

 

 

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「これがマインドトレーニングの目的」。

そして今あるがまま、感じているままの場所から始めることができる。
(そこからしか始められない。これはラファエルが撮影のときに言ってくれたこと。)


自分のなかに上がってくるあらゆる感情感覚も、
ほとんどの場合ジャッジ・判断してしまっていて
あるがままにAllowできていないことが多いのだけど、

伊豆の夜、ラファエルがシェアしてくれた話を聞いたとき、
どういうわけか
その時できる限りの「ジャッジしないでAllowする感覚」が入ってきた。

 

ラファエルが9歳くらいのとき、
武道発表会(みたいなもの)で舞台に出る直前、
足がガクガク震え始めて「これは恐れだ」という認識がありつつ、
それにたいするジャッジがまったくなくて、
本当にただあるがままにその感情の発現をゆるせたという話。

(その後成長するにつれてその感覚は失われ、感情にたいするジャッジ・判断が増えるにつれ苦しみを生むようになったといった話もしてくれた)

この話を聞いたとき、どういうわけか自分のなかでも
感情をジャッジ・判断せずにありのまま、生のままでゆるす感覚と、

いかに普段「Allowする」といいながら、
上がってくる感情感覚をジャッジ・判断していたのかというコントラストが感じられた。

 

 

さらにラファエルは、その足ガクガク状態から「ファンクション」(この場合は武道の演目)に集中することで、
その恐れが問題にならなくなった(消えた)という話もしてくれて、

これに関連するダイアナの話もしてくれた。

・ダイアナがデイヴィッドに「これは神に対する恐れだと思うんです」とかシェアしていたとき、デイヴィッドは「いやいや、そうやって恐れを判断しなくていいよ」と言ったという話。

(これを聞いて、そうか、そうやな!と激しい同意を感じた。こうだと自分で決めずに、生の感情のままステイする。)


・対処する必要があるように感じる感情が上がってきたとき、人によっては瞑想のようなことをするけど、ダイアナは完全にファンクションに没頭するそうだ。メールを送ったりとか。

(感じていることを抑えつけたり紛らせたりするために行動するのではなく、感情をあるがまま生のままAllowしつつ、ガイダンスをきいてそれに従う。)

それをする理由は、たとえば私たちが「恐れ」と呼ばれる何かを感じてるときでも、この世界の枠組みや理解のなかでは
本当に何が起こっているのか?何が問題なのかはわからないということ。

(「私にはこれ【この感情】が何を意味しているのかわからない。だからこれに対してどう反応すればいいのかもわからない」
という言葉も教えてくれた。すごく好きな言葉と感じる。)

そして唯一すべてがわかっていて解決を知っているのはこの世界の外にいるスピリットで、
だからこそ、
そのガイダンスの内容が何であれ、
そこにつながることのみが「自分自身にはわからない解決」だという信頼があるから。

 

このダイアナの話を聞かせてもらえたおかげで、
何であれ感情をジャッジなしでゆるすこと、
その解決はこの世界のなかにはないと受けれいて
解決を知っているスピリットとつながること、

そしてスピリットにつながる方法というのは
たんに「この感情が何なのか教えて下さい」とかの決まった形の祈りだけではなく、
それが何であれ(メールを出すとか、どこに視線を向けるとかでも)ガイダンスを聞いて従うということなんだというのが、今感じられるところまで深く入ってきた。


自分がもとめている完全な自由、終わることのない完全な安心とよろこび以外の「問題にみえる感情・感覚」が
内側にいっぱい見えるけど、
だからこそ、
その唯一の解決であるスピリットのガイダンスを絶えず聞き続けるんだ・・・
完全な自由という目的のために。

・・と、
スピリットと絶えず繋がり続けること、
ガイダンスに耳を傾け続けることへの動機づけが
よりクリアに、強力なものになったと感じさせてもらえた。