やってしまった。

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この勉強会映像のなかでしょうこさんがシェアしてくれていた「ズーン」の話をきいたとき、
この前の静岡行きに使った車を返しにいったときのことを思い出した。

最後の最後、オーナーさんのマンション前のロータリーに車をとめて、もうちょっと端に寄せようとしたとき、死角にあったカラーコーンの頑丈なやつにぶつけてしまって車を傷つけてしまった。

のりこさんの車にやってしまったのと同じ箇所(反対側)をやってしまって、その瞬間はほんとーにどうしようもない恥ずかしさ、同じあまやちを繰り返す大馬鹿者という自己攻撃、時間を戻したいという激しい後悔が湧いてきた。

でもどういうわけか、これでいいというような、何も間違ったことは起きていないというような、どこか別のところで信頼してもいいような、そういう感覚がそのあとずっと続いていった。

「やってしまった」「なんでもうちょっと気をつけんかったんや!」みたいな自己非難や後悔、被害者意識の思考が、回り続けない感じ。

しょうこさんの「ズーン」の話をきいたとき、同じような感覚だったように感じた(勝手ながら)。

とても小さいバージョンだけど、
「やってしまった」という感覚をジャッジして否定しようとして他の概念に移し替えて薄めて延命させようとせずに、そのままあるがままステイして大丈夫な感じを体験させてもらえてたのかもしれない。

こういうふうに自分ひとりではよく飲み込めていなかった体験を深めさせてもらえたことに感謝を感じた。