あなたが誰なのか教えて下さい。

エス
ナンバ教材の教えに
「自分がどうしよう、ではなくて、
相手はどうなんだろう、に意識のベクトルを向ける」という話があって、
実際にやってみると、本当に力が抜けた。

ありがたい。ありがとう。

このベクトルがリラックスにつながったのは、相手は本当は何者なんだろう?というところへ向かっていくからなんだと感じた。


耳を澄ます。

自分個人(という分離の幻想・自己概念と、それに基づいた相手という概念)を手放して、
今この瞬間の相手の存在に耳を澄ます。

そのことにリラックス感と広がっていく感が感じられた。

すると、
相手という個人がいるようにみえるけど実は個人としては存在していないような感覚とか
(この時間のなかに相手という人物がある時産まれてある時死んでいくものとして、いろんな感情や思考をもった実体として存在しているように見えるけど、
思っているほどこれは実体あるものではないよ、というような感覚)、

相手のなかに見ているものは本当に自分のものなんだということとか、
(たとえば相手のなかの泣き叫びが自分自身の泣き叫びでしかないということ。言葉では聞いてきたけど初めてほんとにそうだと今感じられるだけ感じられた)

 

相手は本当に自分なのかもしれない、ということが感じられてきた。
(これも話には聞いてたけど、感じ取ったのは初めてかもしれない)

 

この「相手」というのは、日常のなかで出会う人たちだけでなく、
自分が恐れや敵意をぶつけてきた
「世界を支配して人々を家畜のようにコントロールしようとしている人たち」や、「それにまんまとのせられている人たち」も完全に含まれている。

そのことがありがたいと感じる。

 

思えばこれまでずーっと「相手」にたいして深いところで敵意を向けてきたので、
相手に耳を傾けようなんてことはいっさいなくて、
自分が自分が、という状態だったと思う。

「あなたは相手(兄弟)のなかに自分自身を見失い、
相手(兄弟)のなかに自分自身を見出す」
というような言葉があったと思うけど、
本当にそうなのかも、と感じられてきた。

エス、私のこころを本当に導いてくれてありがとう。