絶対に直視したくなかった。ごまかしていたかった。
好きな人のカフェに、自分では行く気はなかったのだけど、「行ったほうがいい」というのが来て、従うことにした。
自分では行く気がないのにそういうのが来ていたので、「いったい何が待ってるんだろう」とちょっと緊張と恐れを感じながら行った。
その結果としてあらわれたのは・・・自分でもっともみたくなかった自己概念が浮かび上がって、直面せざるをえなくなる、ということだった。
その自己概念。
20代のころ就職せずに肉体労働のバイトをして暮らしていたとき、41歳の独身の同僚をバカにしていた。
ひどくジャッジしてさばいて攻撃的な思考を向けていた。
「こんな年にもなって」「独身で」「バイト暮らしで」「うだつの上がらない」奴、というふうに。
そのジャッジと攻撃性をもっている自己概念。
当時は41歳の彼がそのジャッジと攻撃性の対象ということになっていたけど、当然自他関係なくそのジャッジと攻撃性は向けられていて、今まさに当時の彼の年齢をゆうに越えている自分に対し、同じジャッジがはげしく向けられている。
このことは直視したくなかった。
なので見た目が実年齢より若く見られることが多いことにすがりつくなどしながら(年齢を聞かれることを恐れつつ)、この辺りの自分へ向けられたジャッジを直視しないようにしてきた。
「うだつの上がらなさ」「いい年こいて孤独」「いい年こいて結婚していなければ彼女もいない」「いい年したおっさんが勘違いはなはだしく恋を夢見てる」というジャッジ。
また、「海外で暮らしたかった」とかカッコつけときながら、実際は友だちもいなくて台湾まで逃げてきた、というジャッジ。
この辺は自分のなかでも絶対に見たくない、直視したくない、泣き所だった。
でもラファエルといたときに体験させてもらったあの深さと強さがあったから、今こうしてまっすぐ見ることができるようになり、そのように導かれたのだと思う。
もうすぐ46歳になる、今あるこういう状態、こういう想念にまみれているおっさんへの裁きのすべてを自分のなかに受け入れて、ゆるす覚悟と意志をもち、スピリットに捧げることにする。
Forgiveness is the healing of the perception of separation.
ありがとうございます。
そしてこの(現時点での)「いちばんの泣き所」を直視できるまでに強さを感じれていること、そして「いちばんの泣き所」を直視してゆるしていくことの解放性を知ることで、映像「痛みを機会とみなす」でデイヴィッドがいっていた、
「私が抑圧しているものを外に出すのにもっとも助けとなる人々、場所、環境に導いていください」
「どうぞ妥協なしで、ガツンとお願いします!」
と言えそうだ・・と感じ始めている。
今までは怖くてそれは言えなくて、「できる限り優しくお願いします」としか言えなかったのだけど。