(つづき②)「自分の力に付け加えたい」と「感謝に明け渡す」のコントラスト

たとえば
今回の撮影旅で受け取ったすべてを感謝にあけわたすようなことができるだろうか?
と見ていると、
この態度は全的なもので、
今回のこれだけとか、
一部を切り取って感謝できるようなものではないと感じられてきた。

この人生で生まれてからのこと
このけんたという人の人生全部について
見てきた、感じてきた、考えてきた、決断してきたと思っていることすべてについて、
別の見方を教えてもらう必要がある。
ひっくり返してもらう必要がある。

「自分からの目線」だけから
この人生を「こういうものだ(った)」と見て、
そうなんだと決めている。

そうやって見たつもりになっているこの人生のあらゆる瞬間に、
もうひとつ別の見方、スピリットからの見方があって、
その見方をこれまでの人生のあらゆる瞬間に適用させてもらう必要がある。

自分の人生で
見てきた
感じてきた
と思っていることすべて、
すべての決断について、
スピリットの目をとおして
もう一度やりなおしたい。
別の見方で見せてもらうことを選び直したい。

(この「やりなおしたい」「選び直したい」は、伊豆の撮影でれいさんの独白から出てきた言葉だった。その言葉が今ここで自分の中からも出てきたことに、驚きと、先に見せてくれていたことへの感謝を感じる。)